ミチカの引越し人生〜旅するようにおひっこし

特技は物件探し!15回の引越し経験者が綴るリアル引越しライフ

インタビュー「震災と移住」2~沖縄移住のプロセスと支援の内容

   

 

東日本大震災で家が半壊、沖縄県の支援により仙台から那覇に移り住んだマチ子さん。

移住とそのプロセスについて聞くインタビュー「震災と移住」全三回の二回目である。

(初回はこちらからどうぞ⇒インタビュー「震災と移住」1~仙台で被災、沖縄移住を考えるまで

 

沖縄移住決断の決め手とプロセス

―山形に一時的に避難した後、すぐ沖縄には移住せず、一度二人で仙台に戻ったよね?家は壊れて仕事もなくなった中、どう生活を再建していった?

とりあえずアパートを借りて移った。引越し代は返ってきた敷金で賄えたし、主人は仕事があって働き続けられたから、収入は途絶えずに済んだ。

私は前に働いていた会社が行っているボランティアを手伝いながら、どうしようかずっと考えていた。
それである日、その会社の社長に仕事を探していると話したら、「沖縄なんだけど…」と一件紹介してくれたの。
遠いけど、震災前は毎年夫婦で沖縄に行っていたし、ある程度は馴染みがあったからその点は平気だった。

それに山形にいる間に調べていた移住先の候補に沖縄があったから、むしろピンときた。
沖縄県の支援を受けて移住するという選択肢が、職場の確保で一気に現実味を増した感じ。
これはGOサインだと思って主人を説得した。

―移住を決断して最初にやったことは?

まずは沖縄の窓口に電話して手続きの仕方を聞いて、仙台で必要書類を集める必要があった。

それを持って私が一人那覇に飛んで、市役所に申請に行った。
その足で、紹介してもらった職場の面接、家探しも一気にやった。

―その一連の手続きのためにどれくらい那覇に滞在したの?

三日間ホテルに泊まってた。

―たった三日で役所の手続きと仕事の面接と家探し。急に慌ただしくなったね。

物事が動く時は一気に動くね。やっぱり仕事を先に決めたのが正解だった。

家を借りるのに保証人がいるわけだけど、内地からの移住には「うちなんちゅ」の保証が必要なの。
働くことになった会社の社長に保証人になってもらえてすごく助かった。

仕事が決まっていないと賃貸契約も大変だと思う。
沖縄在住の保証人がいないと、連帯保証人を代行する家賃保証会社を利用することになるから、余計なお金もかかちゃうし。
(※保証人不要の物件もある。)

―なるほど、そういう問題もあるんだね。沖縄での物件探しはスムーズにいった?

うん、支援される家賃上限内でペット可の物件を、仙台にいる間にネットであらかじめ目星はつけていたから。
那覇では内見だけして、すんなり決まったよ。

―ここまでの話を聞いていると、やっぱり行動力が何より大事だね。情報収集と就職活動で実際に動いたことが実を結んだ。

まあ自分で動かないと、誰かが何かをしてくれるのを待っていても何も変わらないからね。

―仙台の家が半壊したことで、沖縄での物件探しも慎重になったと思うけど、どうだった?

それはある。鉄骨の頑丈なマンションを選んだし、沖縄に大地震が起きて津波が来ても浸水しない上の階にした。

―私も行ったことあるけど、確かにそのマンションは見るからに頑丈そう。

でしょ。周辺に高層ビルがないのも安心だし。
あとは職場が決まっていたから、震災が起きて交通規制があっても、自転車や徒歩で頑張れば帰れる距離にした。安全に帰れる経路まで考えたよ。

 

実際に受けた支援の内容と引越しにかかった費用

―具体的に沖縄県からはどんな支援があった?

家賃が無料。これが何よりありがたい。

最初は二年か三年で打ち切られるものだと思っていたけど、毎年更新されて、五年経った今でも家賃は無料のままになっている。
沖縄は正社員でも給料が高くないから、本当に助かる。

あと一回分の飛行機代の補助があったから、下見の時に利用させてもらった。

それとこれは沖縄県ではなく、那覇の宮城県人会の支援なんだけど、被災して移住してくる人に家電一式の提供があったの。
新品のテレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコン、電子レンジが引越してすぐに送られてきた。

―それは心強いね。

大型家電は仙台から送っても高いし大変だし、元々古いものを使っていたから現地で買おうと思っていたけれど、おかげで10万円くらい救われた。
こういうのも全部、山形にいる間に調べておいたのが役立った。

―それでも海を越える引越しは高額になったんじゃない?

主人はまだ仙台でやらなければならないことがあって、まずは私一人だけ移ったんだけど、それでも30万近くかかった。
引越しに伴う細々した買い物とか交通費も含めると40万円…もっとかもしれない。

―引越し費用も支援に含まれた?

いや、引越しそのものの料金は自分持ち。

―ところで、元々「物持ち」だったでしょう?でも那覇の家はすっきりしてる。引越し前にかなり荷物を減らしたんじゃない?

壊れた家からアパートに移る時点で、売れるものは売っておいたね。家具では大きな本棚が売れた。あとは本とフィギュアをブックオフに売って、5万円くらいになった。

―5万!?そんなに?引越し代考えると大きい収入だったね。

うん、小説なんかは数十円なんだけど、全巻揃っている漫画が高く売れたの。
私は趣味で着物も沢山持っていたけど、沖縄ではカビちゃうなと思って、ほとんど人に譲った。

引越しで持ってきたのは売らなかった宝物の本の一部と衣類、パソコン、自転車、身の周りの小物、猫グッズで段ボール20箱くらいかな。

―売れるものは売っておいたほうが賢明だよね。

 

沖縄に移住して思うこと

―引越しが完了した時、「ほっとして安眠できるようになった」と言っていたのを覚えてる。移住して良かったと思うのってどんな時?

仙台では睡眠導入剤がないと眠れなくなっていたけど、沖縄に来て必要なくなった。

あと毎日思う、空が綺麗だなあって。
高層ビルに囲まれていないから圧迫感がないし、海や空は美しいし、精神衛生上すごくいい

―台風には慣れた?

うん。台風の備えはそのまま地震の備えになっている。
沖縄の人は台風で家に毎年閉じ込められるから、籠城に慣れてると思う。
大型台風が来て何もかも止まるってニュースを見たらまず買い物に行って、素麺や缶詰を買う。
停電に備える習慣があるから、都会で停電するほどパニックにはならないね。

―なるほど。災害は地震一つじゃないから、何事にも「想定」と「備え」が大事だよね。

その通り。

 

(次回、最終回では沖縄移住のポイントや五年間住んで思うこと、被災後に物件選びの視点がどう変わったかなどを聞く。
実体験から出る言葉には説得力があるのでぜひ参考にしてほしい。)

 

 

 - 移住するということ

メトホルミン